ミスター満室とCHIHARU先生のプロフィール

ミスター満室のプロフィールCHIHARU先生のプロフィール

ミスター満室のプロフィール

出身は京都
21歳学校を中退し、今でいうフリーターを18〜21歳まで約3年間体験。その3年間のフリーター生活(婦人靴の販売)で、販売の面白さを実感高校生時代が男子校で性格が暗くなったと思って、人と接するバイトを選択。

当時父親に定職に就くように説得される。
父親に(父親は地方公務員)公務員になるか、不動産会社の社長が若い見習いを募集しているらしいから、どちらかを選ぶようにと迫られる。
安定の公務員か安定はないが、可能性の不動産業かどちらがいいのか?

21歳可能性の不動産をしてみたい!!
不動産会社の見習いで正社員に就職。しかし、当時21歳でも全く高校生にしか見えないので、就職はしたものの、不動産見習いはさせてもらえなかった。同じ会社のタイル工事の手伝いをさせられた。
宅地建物取引主任の資格を取るまでは、という条件で・・・。
タイル工事業のタイルの配達、工事現場の砂あげ、水くみなどが仕事になった。夜に取引主任の勉強の学校に通って、こんなはずではない、早く資格を取らなければ・・・。
タイルの部門の人たちには結構かわいがってもらった、しかし、今から考えると…配達と肉体労働しかさせられない人材だったのかも??

就職し1年半くらいで資格を取れたので、不動産業の方に移してもらえると思ったが、移してもらえなかった。何気なく就職したが、いつの間にか不動産に興味がわいてきて、不動産を教えてもらえる会社を探す決心をした。
当時の不動産関係の人に相談したところ、不動産賃貸の勉強からするのがいいとアドバイスをもらって、不動産賃貸住宅の専門の会社に就職した。23歳。

当時は賃貸住宅専門の会社が出来始めて間もない頃で、事務所の先輩はちょっと雰囲気の危ない感じの人ばかりだった。
そこで、賃貸の仕事を覚えるのに1年位勉強したら、売買の会社に移ろうと思っていたら以外に居心地がよくて5年間も営業をしてしまった。そこで、賃貸の営業、管理の勉強をすることができた。

そして、賃貸マンションを一棟ごと販売するデベロッパーの会社の社長に誘われて、賃貸マンションの企画、管理、リーシングの責任者で仕事をさせてもらった。時代はちょうどバブル期に入ろうとしていた時代で、不動産業者がホテルを経営したり、いろんな店を経営したり、何か何でも出来そうな気持になった時代があったが、あっけなく崩壊した。

バブル崩壊と同時になぜか工務店の社長になることになってしまった。知合いの紹介で当時大工をしていた僕より5歳年下の人物と一緒に会社を経営することになった。バブル崩壊で仕事などないはずなのに。最初の1〜2年位は本当に仕事などなかなかとれなかったのに3年目から急に仕事が驚くほど入るようになってきたのはいいけど経営としての知識が全くなかったため5年位で会社を閉める羽目になってしまった。人生の最大のピンチに陥ってしまった。そこから、9年位建築の会社で現場監督〜建築の営業を経て、6年前に賃貸マンションの仕事がいいように思って現在の椛n造空舘を設立。

当時はバブル崩壊後最悪の経済状況であったため、賃貸マンションの建設をしたいと言ったときは、周りの人たちは何故?今頃賃貸マンションなのかと反対されたが、応援してくれる人もいて、賃貸マンション企画・建設に参入する。

賃貸マンションはもともと、いろいろなノウハウを持っているので、大いに役にたった。
しかし、それから1年位で急激な賃貸マンションブームが、急騰したためブームの終わりを予感し、古いマンションの空室の増加と、賃貸マンションの売買価格の崩壊を予想したため、自分でマンションを所有したい気持ちと、所有したマンションが空室で困らないために、まず、賃貸マンションの所有にあたってのリスク・購入のためのノウハウなどをいろいろなセミナー・本等で勉強する。

そして、空室が怖いので空室を埋めるためのノウハウを自分の仕事にする決心をして、賃貸マンションを建築させてもらったオーナーからも後々の面倒も見てほしいとの依頼もあって、管理会社咳VCを設立と同時に空室ゼロ稼働率120%研究会を立ち上げて、賃貸マンションを所有するためのノウハウ・空室を埋めるためのノウハウを発信し、お手伝いをすることにした。

現在賃貸マンション2棟所有しマンション1棟とシェアオフィス1棟を建築中です。

CHIHARU先生のプロフィール

神戸生まれの神戸育ち。
甲南大学文学部英文学科卒。公務員と教員の家庭に育ち、親戚一同に当たり前のように教師になると思われていて、本人も何の疑いもなく英語教師になるつもりだったが、教育実習に行った高校の職員室のあまりの雰囲気の悪さに、いっぺんに教師になる気をなくし、一般企業に就職することにする。

家が大好きプラス、親戚関係に収益を持っている者が数人おり興味があったので、某大手上場不動産仲介会社に就職、営業と事務リーダーを経験。

その会社でたまたま新築分譲マンションの一棟販売を受託しチームに参加したことから、新築をやりたい、と思いたち、某大手上場デベロッパーに転職。販売営業を担当する。
その後、頼まれて公共事業の大規模再開発の企画業務に参加することになり、マンションの物件企画、販売企画、販促企画などに幅広く携わることになった。

その後株式会社PVCの創業メンバーとして会社設立時から現職。